「アディダス」の歴史について解説

カジュアルファッションの定番とも言えるアディダスのスニーカー

ドイツ発祥の超人気スニーカーブランド

 

ドイツ発祥の世界的スポーツメーカーであるアディダス。余談ですが、アディダスの創業者であるダスラー兄弟の兄・ルドルフが分裂して立ち上げたブランドがPUMAなのは有名な話です。

日本だけでも年間1000億円の売上を誇る超人気ブランドであるアディダスの要とも言えるのが「スニーカー」です。

三本線が印象的なアディダスのスニーカーは、60年代にはバスケット向けの「SUPER STAR」、70年代にはテニス向けの「スタンスミス」など、様々なスポーツを対象にしたスニーカーモデルを立ち上げてきました。

オリンピックなどの世界的なスポーツ大会で活躍する選手たちが履くことで、瞬く間に人気になっていったアディダススニーカーは、80年代になると音楽やファッションと結びつくことでさらに人気が爆発します。特に世界的ヒップホップグループ・RUN DMCがアディダスのスニーカーを着用したことで、アディダスがヒップホップファッションの定番モデルになりました。

その後は、ストリートスケーター向けのadidas skateboardingや、ストリートファッション向けのadidas originalsなどの新ラインを立ち上げつつ、ヨウジヤマモトやRAF SIMONSなどの超人気ブランドとのコラボスニーカーも世に出してきました。

そんなアディダスのスニーカーは現在でも人気が止まるところを知らず、伝統のスリーストライプ(三本線)をしっかりと残しつつ、「スタンスミス」、「SUPER STAR」、「カントリー」を中心に様々なモデルが多くの人に愛されています。

アディダスのロゴの意味とは

アディダスといえば、思い出すのは三角形や三つ葉などの三本線がはいったロゴマーク。この三本線にはどんな意味があるのでしょうか。

この三本線=スリーストライプスは、アディダスの創始者であるアドルフ・ダスラーが発案したもの。1949年にブランドロゴとして商標登録されました。
創業当時、革製のスポーツシューズは履くうちに中足部が伸びてしまうため、それを三本のバンドで補強していました。その機能から三本線のデザインが生まれ、「三本線の靴=アディダス」というイメージが定着していきました。三本線のデザインはそのシンボルとして今でも愛されているのです。

アディダスの名作「スタンスミス」

 

数あるアディダススニーカーの中でも圧倒的な人気を誇り、世界で一番売れたスニーカーとしてギネスブックにも掲載されたNo.1スニーカーが「アディダス スタンスミス」です。

もとを辿れば「アディダス スタンスミス」は、フランスのテニスプレーヤー、ロバート・ハイレット選手の名を借りた「アディダス ハイレット」というレザーシューズでした。 しかし、その後間もなくハイレット選手は引退を決断。

そこでアディダスは新たに、通算100勝を誇る70年代アメリカの国民的テニスプレーヤー・スタンスミスをモデルにして、1971年に「アディダス スタンスミス」誕生させます。実際にスニーカーのタンの部分にはスタンスミス選手の顔が入っています。

万人受けするシンプルなデザインだけでなく、テニスシューズのクッション性から生まれた履き心地で、「アディダス スタンスミス」は発売からすぐに全世界で大人気になりました。

2014年には、2年ぶりの「アディダス スタンスミス」復刻モデルとして大々的にプロモーションされ、日本では多くのショップで完売、品薄状態が起きました。

現在では、「アディダス スタンスミス」は、多彩なカラーバリエーションを用意し、有名ファッションデザイナーだけでなくアーティストとのコラボレーションモデルも世に生み出しています